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角谷建耀知の半生

ここでは、困難を乗り越え、わかさ生活を
創業した角谷の半生をご紹介します。

ケンイチのわかさ生活創業までの道

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ケンイチは昭和36年、兵庫県春日町(現・丹波市)で育ちました。幼少期のケンイチは人一倍負けん気の強い性格の少年でした。ある日、友人と根性比べで高台から自転車でジャンプを試みましたが、失敗して頭から落ち、大怪我を負ってしまいました。そのことがケンイチの運命を大きく変えていきます。

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大学入学直後、定期検査で初めてMRIを受け、脳腫瘍があることが判明しました。
17時間にも及ぶ大手術を受けた結果、後遺症で視力を半分失ってしまいました。また、新聞奨学生だったため、大学も退学せざるを得なくなり、人生を悲観したケンイチは自殺を試みますが、周りの説得の末思いとどまり、前向きな気持ちを取り戻します。

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その後ケンイチは、縁あって健康補助器具販売会社に就職することになりました。そこでは、売り場となる会場で商品を紹介して販売する会場即売会を行っていました。

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健康補助器具に対して始めは半信半疑だったケンイチは、自らその効果を実感してから「人の役に立ちたてる仕事は天職だ」と考えるようになりました。それ以来、会社で扱う全ての商品を自らの身体で検証し、“納得できるもののみをお客様に勧める”という信念で販売を行いました。すると、次々とお客様の信頼を得、成績はトップクラスとなりました。

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しかし、利益率を優先させたい会社とケンイチとの溝はどんどん大きくなっていきました。そして、“本当に人の役に立つものだけを世の中に広めていく”という想いに突き動かされ、ケンイチは独立を決心します。そしてわかさ生活の前身である『マザーハウス』を設立します。

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ある取引先の健康食品会社の社長から転機となることを教わります。“人間の身体は『食べ物』で出来ている。体をつくるのは食品である-…”その言葉で、ケンイチは食品の研究に没頭するようになりました。

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そして、自分の病気や祖父母をガンで亡くしたケンイチは、『遺伝』に大きな関心を持つようになりました。人の体は細胞で出来ている。良い細胞を生み続けるために「核酸商品」が必要と考えました。

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核酸商品の販売に各地を飛び回っていた頃、『阪神大震災』が発生し、当時兵庫県内に住んでいたケンイチも自宅が半壊、マザーハウスの事業所も全壊となってしまいました。営業再開に向けて奮闘していたケンイチは、疲労のためてんかん発作を起こし、数週間の入院を余儀なくされ、更にてんかんにより一時記憶喪失となってしまいました。

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マザーハウスが全壊し、借金も数千万円抱え、息詰まっていたケンイチは、昔から色々とアドバイスをもらっている、会計士の栄先生に会いに行きました。栄先生はケンイチにこう言いました。「君はハンデを負った者の痛みが解るだろう。君は目にハンデがあるんだから、目に困っている人の為に頑張ったらどうだい?君はそのために生まれてきたのかもしれないよ。」その言葉にケンイチは心を打たれ、迷いが吹っ切れるのでした。

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ケンイチは目に良いという成分を贅沢に全部配合したサプリメントを作ろうと決心します。その後、試作を何度も重ねた末に完成したのが『ブルーベリーアイ』です。“日本一目にいい商品を作りたい!!” ケンイチの夢が形になった瞬間でした。

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そして1998年4月、『わかさ生活』を立ち上げます。わかさ生活とは、『若々しく健康的な生活を提供する』という想いから生まれた社名です。

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北欧の大自然で育まれたブルーベリー『ビルベリー』と共に、ケンイチはこれからもお客様の健康を第一に願い、商品作りに取組み続けます。

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